スポーツギターの概念

一般的なスポーツギター以外の話

『オンリー・ゴッド』神様のカラオケ、ラストにお送りするのは「恋の歌」の概念

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昨年から楽しみにしていたニコラス・ウィンディング・レフン監督の『オンリー・ゴッド』を初日に観てきました。

 

新宿のバルト9で夕方5時の回でしたけど、初日ということもあってか、ほぼ満席でしたね。カップルの姿もちらほら見えましたけど、映画の内容的にその後のデートはどうだったんでしょうか。心配です。その後のディナーかなんかでの男性の感想にかなりプレッシャーがかかる映画かと思います。

 

 

「映画・・・なんかごめんね・・・予告とかカッコ良かったし、同じ監督の前の『ドライブ』ってやつもよかったから。」

「ううん、大丈夫。」

「でもなんかさ、なんだろうね・・・やっぱりゴズリングはカッコ良かったよね」

「うん」

「画もなんていうかさ、綺麗だっとよね。キューブリックを彷彿とされる線対称の画作りというかさ・・・」

「梅酒お願いします」

 

みたいな会話が交わされている?ことを思うと胸が痛いです。1人で来て良かったです。

 

と言っても話が分かりにくいとかいう感じではないんですよね。

話の流れはむしろかなりシンプルで、簡単にまとめると、

 

タイでギャングをやっている兄弟の兄が殺される

母親激怒で弟に復讐を命じる

返り討ち

 

ってだけの話です。

なので話の箱自体はすごく分かりやすい。

じゃあ何が分かりにくいのかってことなんですけど、作品のテーマ、つまりこの作品が何がいいたいのかってことがすごく分かりにくい。しかも特に日本人には分かりづらい映画になっているかと思います。

自分もパンフ買って読んだりしたからなんとなく輪郭くらいはつかめていますけども、理解しているかっていうとかなり怪しい、というか多分日本人には頭では分かったとしても芯から理解することはそもそも無理なんじゃないかと思います。

 

で、テーマの話なんですけど、これ邦題の『オンリー・ゴッド』でもそのままの通り「神」が話の中心です。しかも邦題の訳だと「神のみ」みたいな感じで余計意味不明ですが、原題は『オンリー・ゴッド・フォーギヴズ』です。この「フォーギブズ」の部分が超重要で、これつけると「神のみが赦すことが出来る」って意味になります。(少なくともこのタイトルぐらいのヒントがないと全然ピンとこないので、邦題はそのままのほうが良かったかと思います。)

 

なので作品のテーマとしてはキリスト教的な「神の赦し」を扱っています。そして、「赦し」にはその根本の「罪」そして「赦し」とは相対する「罰」が存在します。

なので作中でも「罪」「罰」「赦し」そして「神」がキーワードになってきます。

 

その視点で映画を自分なりに整理すると、

(ここから盛大なネタバレ。おおまかなストーリーは先に挙げた通りですが、、)

↓↓↓↓

主人公の兄(ビリー)が未成年の売春婦を殺す

⇒ビリーの(罪)

警察官(チャン)に「好きにしろ」と言われ、売春婦の父親が主人公の兄を殺す

⇒売春婦の父親の(罪)

売春婦の父親が警察官(チャン)に片腕を切り落とされる

⇒売春婦の父親の(罰)

主人公達の母親(クリスタル)が主人公(ジュリアン)に復讐を命じる。

ジュリアンは売春婦の父親を見つけるも、事の顛末を知って殺さない。

しかし、怒ったクリスタルが別の子分に命じて殺させる。

⇒クリスタルの(罪)

チャンの存在も知ったクリスタルはチャンの処分も命じ、ジュリアンが挑むも返り討ちにあってボコボコに。その後チャンの家を遅い見張りの警官を殺すも、チャンの娘は殺さない。

⇒ジュリアンの(罪)

クリスタルを見つけたチャンはクリスタルを殺す。

⇒クリスタルの(罰)

ジュリアンは再度チャンに挑み、最後両腕を切り落とされる?

⇒ジュリアンの(罰?)

 

最後?となっているのはそれが幻想的なイメージカットとなっているからです。

そして上の中で出てきていない単語は「神」と「赦し」ですが、まず「神」、これは次々と(罰)を下す警察官(チャン)そのものだと捉えることができると思います。

だからこそ、本来神にしか判断できない「復讐」という名の「罪」を行った人々に腕を切り落とす、もしくは殺すという「罰」を与えていくのです。

「赦し」については、最後のカットを観る限り「罰」を与える事自体がそもそも「赦し」なのか?とも思いましたがよく分かりません。

 

と、長々と書いてきましたが、なんといってもこの映画の見どころはいまさらですがチャンのカラオケです。

最近の神様は「罰」や「赦し」を与えた後には一曲歌って帰るんです。

 

お疲れ様でした。